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さあスタート

創業昭和9年 売り上げ432億円 従業員1073名

大田区で発祥した、物作りの会社。
世界展開も、自我流で、どんどん突き進む。

社員全体に、ものづくり、利益追求への厳しさが伝わる。

昨日、大きな契約のご挨拶にお伺いした。

1年かけての打ち合わせでやっと、ここまで、こぎつけた、

こういう場に、でかけていくことは、上司冥利につきる。

屈託のない、笑顔は、ものづくりの笑顔。
値決めへの、厳しい質問は、利益を意識したもの。

2時間の挨拶の中で、色々な打ち合わせと世界への戦略まで、
話が、広がった。

感謝。
他で造れないものをつくる。
やろう、できる。

まさしく、大企業でも、やろう、できるは、ベンチャーそのもの。
とても楽しい時間がすぎた。

一緒にご一緒できる仕事。
社会意義の高い仕事。
世界が注目する仕事。

まさしく、上の3つにあてはまる。

2ヵ月後、大きくニュースに出る仕事。
完璧な完遂を目指す。

小さい、会社でも、本気ですると、ここまでできる。
日本を支えた、先輩企業に、若い力が、恩返し。恩送りが、経済を支えていく。

感謝。
























震災2

強烈なにおいの中で奮闘していると、
市役所の人が、手伝ってくれだした。

しばらくすると給水車が来ること、
仮説トイレが来ることを伝えてもらった。

そして、ここを使用禁止にするとも伝えられた。

当面、そこまでは、全ての人が利用するため、
できるだけのことはしてみたつもりだ。

朝、4時か5時、やっと作業が終わり、そこから、
自転車で、一旦大阪へ戻ることにした。

サイレンの音、煙のにおい、
道路の寸断。

車の渋滞。
歩く人。

おしゃれな、阪神間からは想像もつかない、景色が広がっていた。

神崎川を買え、やっと、大阪市内にはいった。
久しぶりにコンビニを見た。

コンビニに商品があることに、幸せを感じた。
きれいなトイレにはいり、水が出ることに感動した。

缶コーヒーをのみ、たばこを吸って、自分が人間にもどった気がした。

家にもどると、お風呂にお湯をためて、考えた。

阪神間、神戸市内には、お風呂どころか、
ねどこ、水、食料、もなく、路頭に迷っている人が、
沢山いる。

そのまま、会社に行き会社の全ての連中に声をかけ、
あらゆる、物資を集めた。食料、毛布、生活用品、全てだ。

建設会社の社長に軽トラをかり、それではこぶことにした。

緊急物資という垂れ幕をつくり、裏道、裏道で、何度往復したことか、
次の日、オランティア団体の社長連中100名を集めた緊急会議をおこなった。

一応、世界組織、日本組織と、5万人の組織なので、ルールや、どうの。
順番がどうの。組織的に。とか。

20代の私は、当然ながらかちんと来た。

ふだんから、ボランティアやら、まちづくりなんて
組織、頭で、考える連中が、即動くのが、社長の集まりやろ。

それを、1週間後とか、様子をみるとか、危ないとか、
組織で動いたほうが、とか、、、

僕は、口頭で、そう言い放ち、退会を告げ、有志の社長連中で、
即、物を集め、軽トラック、現チャリ、自転車に分乗し、
先導役を務め、西宮から、東灘まで、走り回った。

会社をほったらかして、約10日間。

やっと見たことのあるその組織と知っている社長連中が、現地に入りだした。

まあ、色々な人が声をかけてくれ、、、体はぼろぼろとくさいけど、
心はあったかかった。

かっとなった、自分に反省した。

そのときに、西宮の長をはった社長は 奥さんが、震災でなくなり、そのときでも、
町の為に、ずっと、ボランティアの最前線でいたこと。

色々な、ストーリーがうまれていった。

先週の日曜日、色々な、震災の番組を見ながら、そのときのことを思うと
涙があふれて、止まらなかった。

テレビの中に、見慣れた町、路地裏、商店街。

1人1人の人間の思い。
こんな悲劇、できるだけ、なくしたい、と思うし、

今、当たり前のように使っている、電気、水道、下水道、食料、

環境に改めて
感謝することを、再認識した。

生きてることに感謝。
今ある環境に感謝。
































































 

震災

 阪和高速の紀ノ川の上。
急に気持ち悪くなった。

車のゆれが、おかしい。
最初、パンクをしたのか。
何かを引いたのか。
微妙にスリップしたのかとも思った。

電気が消えた。

通行止めのサインがでた。

携帯電話が通話できない状態になった。

ラジオでは、大きな地震がおきたと告げた。

一般道へおり、家に帰った。

家がひっくりかえっていた。

誰に電話しても繋がらない。

テレビでは、悲惨な阪神高速が、うつっていた。

まずは、本社に行くことにした。
すべておいて、渋滞、通行止めだった。

電話が、普通回線からつながりはじめた。

地震の全貌がわかったのは、その日の午後14時すぎ、
会社関係の全てが無事を確認できたのは、夜中の11時くらいだった。

大阪湾が、神戸の炎上で赤くそまっていたのを今も覚えている。

友人の何人かと連絡がとれないため、
翌日朝、車で、神戸にでかけた。

43号線から、浜手幹線の裏道をとおるつもりが、
動かない。

引き返した。

自転車で、西宮まで行った。

着いたら、夜の20時だった。

火災、サイレンの音。。
焚き火。異様なにおい。

友人のマンションまで、たどりついて、友人に会えた。
彼の家族は、無事だった。マンションもなんとか無事だった。

その後、彼と、西宮市役所にいった。
そこには、死闘が繰り広げられていた。

毛布がない。電気が、かろうじてつうじている。

めしがない。

大きな声で騒ぐ人。
なく人。

がんばろう。がんばろうっていう人。

メッセージ板ができたり、
会って、抱き合って、泣く人。

とにもかくにも、自分が、ここで何をすればいいのか?
目の前の人に話しかける。
救急隊員の人と走る。
そうじする。

一番、みんなが、やりたくないことをやろう。ただでさえ
心が、ぐちゃぐちゃになっている時に、絶対この作業をやると
心がなえる。

そんなことを思っていた。

自分も少しは経営者のはしくれ。
少しは、男の道を歩んでいるはず。
ボランティア団体に多数参加している。
経営者のボランティア団体の理事もしている。

頭でっかちでなく、いち早く、やるべきことをやる。

便所掃除だ。

水がとまり、トイレから、あふれていた。
紙がなく、新聞紙があふれ、ごみ袋さえなかった。

まずはそこからだった。。。

(続く)


























































ダイバシティー創造 〜フラッシュバック 2008,9,30, 一’s BARより〜

準備、リハーサル、準備、リハーサル、
それでも、色々なものが抜け落ちる。

開会前、浅野さんが(元宮城県知事 浅野史郎氏)
突然マイクをもって、壇上に登った。
開会前を盛り上げてくれているのだが、一日の長さを
予想した。

リハーサルにないことが、まだ起きる。
事故や、事件が多い中、頭が、オーバーフロー
した。

11時、定刻にスタートできた。
人の出足は良かった。
ベルサール神田に200人以上の人が集まった。
会場は、補助イスが必要なくらいになった。

街で誘導を続けてくれている、ボランティアの人々。
商店街でポスターをはってくれて、声をかけてくれている
人々、
愛を超えて、何かに全ての人が挑戦してほしい。
それだけの思いをみんなが持ってくれた。

浅野さんの講演は痛快であり、今の現状を嘆くだけでなく、
これからの実践を伝えてくれた。

スーダンからは、ブラインドサッカーで生きる意義を
みつけた、モハさん(スーダン出身 全盲ブラインドサッカー代表) 
スーダンでは有名なトップ選手。

映像放映では全ての人があっけにとられた。
僕でもあんなシュートは打てない。

日本でみつけた、ブラインドサッカー

次はパラリンピックを目指すそうだ。

見に行きたい。

甲地さん(プロボディーボーダー 世界ランク11位 甲地由美恵氏)
が会場に駆けつけてくれた。
明るい陽に焼けた笑顔が、会場にぱっと散った。
聴覚障がいを乗り越えての今の成績。
海が好き、と全身からほとばしるエネルギーは
すさまじい。

講演が始まって、5分。僕は、聞いてられなかった。
涙がとまらないのだ。会場も同じ。
心からの叫びが、ずしっと心と会場全体に染み渡る。

雇用という観点から、ベンチャー企業での取り組みとして
螢▲ぅ┘好┘侫優奪肇蓮璽皀法爾稜鮑修気鵝
感情を抜きにして、何を仕事としてできるかが大事。
そのとおりだ。配慮は必要だが、仕事は仕事。
厳しいが、心温まる話だった。

大企業からの観点からのソニーの森さんも語ってくれた。
ソニー太陽は、有名な話。
今でも世界の模範となっている工場だ。
僕も一度は行かないといけないと思っている。

緊張していた森さん。
ソニーらしいダイバシティーをしゃべりきってくれた。
講演の後、まだまだ、しゃべりたかったと笑顔で言って
くれた。

最後は全盲の片岡さんの太鼓と全盲の間瀬さんの笛だ。

どうやって、リズムをあわすのだろう。

普通でないことをやってのける人達。
心が震える音。まさしくそのとおりだ。

最後はこの事業を取り仕切った、杉本大ちゃん
(現 株式会社 D&I 代表取締役)
の挨拶。緊張して、でも堂々とお礼の言葉が言えた。

やっと会が終了しても、まだ後片付けがある。
みんなの協力で、なんとか、終わった。

途中で18時のNHKの全国ニュースで2分ほど、僕らの
やっていることが、放送された。
全盲の成澤君が、最後にインタビューされた。

障がいがあろうが、なかろうが、男であろうが、女で
あろうが、どんな国籍であろうが、関係ない。

少しでも、挑戦している人。心から応援したい。
更に一緒に挑戦したい。

本当に感謝@後藤
飽くなき向上心

Now's opinion
人が、リアルに時間をつくり、現場に足をはこんでくれる。
その場所での出来事は、歴史となり、少しずつ人から人へ伝達していかれる。
そんな、発信と実行と普及を世界の人と取り組める自分は幸せものだと
思う。

もっともっと

ダイバシティー







学ぶことはどこにでもある。

 昨夜は、澤上投信株式会社 http://www.sawakami.co.jp/
のさわかみ会に出席して来ました。

我、株式会社 えびばで号 http://everybody-go.jp/
の土屋社長が、プチ講演をすると聞き、楽しみにいそしんだ。

会はとても、手作りで、一流の会社にも関わらず、
創業期のベンチャーの雰囲気ぷんぷん。

土屋社長の会社の立ち上げている話が、結構響いていったようだ。

突然の私への振りも、びっくりしながら、ご丁寧にお話ができたと思っている。

その後の懇親会でも、又、色々な人に出会えた。

最後の締めの澤上社長。
心からの本物の声は、僕には響いた。

本気の人の声、当事者の声、それに、響く人、響かない人、
それぞれだ。

僕は、心に響く。

最後にお別れの時、社長から、もう1回やりましょ。
って、言っていただいたことはうれしい限り。

今週末は、大阪に行かれるそうで、ぜひ、お元気で、
日本経済、世界経済の為に。。

その後は、澤上投信の仲木さんと僕らメンバー8人で、
いつもの池袋の牛若へ。
そう、僕らの、ホルモン、ホームグランド。

食って、笑って、煙の中。
これがいい。

仲木さんとは、生まれた、育った場所が
大阪、下町一緒だった。。

そんな発見もあり、、
体重も気になり、、

いい夜でした^^



















稲盛さん

稲盛さんだから、当たり前のことが、できたのかもしれない。

銀行が、だまる。国が、最後の支援をする。リストラを行う。年金問題
が解決する。
会社更生法による
再生が見える。

登場の前に、すでに登場していたからこそ、稲盛さんだから、
話が進んだのだろう。

社員を幸せにする。開口一番のコメント。

無給でトップが、全国、全支店をまわる。
多様なるお客様の満足をあげる。売り上げをあげる。コストを抑える。
利益をあげる。税金を納め、国に
義理をはたす。資産をたくわえる。会社が幸せになる。その後、
社員が幸せになる。

トップが無給で働く。無駄な給料は支払わないという姿勢だ。

響く。

飽くなき挑戦が、そのお歳でも実践される、、
我々は経営者は、様々な本や勉強会、研修会、講演会で必ずは、
どこで、勉強になっているはず。

勇退は成功しようと、しまいと、心意気に感銘をうける。

変な週刊誌や、テレビで、絶対に稲盛さんの人生感を曲げられたくない。

京都人、関西人、日本人、そして、地球人、として、
稲盛さんの、思いを世界に羽ばたかせてほしいと願うばかり。

めっちゃ応援しまっせ。














 

自分の道を見つける

自分の道を見つける。

これほど、大変なことはないかもしれない。

今の地球上の人の中で、自分の道を、転がるようにぶつかり
ながら、進んでいる人はどれくらいいるのだろうか?

元ラグビー部。
青森八戸出身。
風貌は見た目はいいし、がたいもいい。
サムライ風ではある。

大学を落ちてから、ボタンが定まらない。
僕の目に狂いがなければ、彼には、めずらしく、
サムライの血が流れている。

もっと、大きな世界を見て、大きな大志を描き、
自分の道を見つけ、世の中に貢献できる器が
あるはず。

ワタミの創業の地で、3時間、彼に語った。

彼の目が光っては、くもり、光ってはくもり、

脳ミソから、何かが出てくるくらい、もっと深く考える。
そして、マイナス回転に入ったら、連絡するように。

挫折を味わった次世代の若者。
ボタンを掛け違わず、世の中の為に、真っ直ぐ貢献できる。
10年後、今の世の中、今の教育、全てが変わることを予想し、
彼に今が考えどき、耐え時、と伝えた。

彼が道を歩む、そして成長し、地球に貢献するまで付き合う。
その覚悟ができてこそ、腹の底からの、教育になる。
だからこそ、時代をつくる破天荒や異端児が生まれる。
それが、次世代の主流になり、風化して、進化していく。

又、生きてる楽しみが増えた。
又会おうぞ。

























生まれた 〜フラッシュバック 2008,8,28, 一’s BARより〜

経営者、経営幹部の方を呼んで大きめのセミナーやってみたいなあ。
世界に発信できるのもいいなあ。

現 株式会社えびばで号 土屋社長との会話だ。

名前なんにする?

オペック。。。
グー。。


ニュースに出るときかっこいいのがいいなあ。
半年前はまだそんな調子だった。

青山1丁目の喫茶店で15分の出来事だった。
企画ってこんな感じで生まれる。
口に出したこと、言ったことを実行し、自分が成長する。
その苦しみと楽しみを知っている連中との会話は、楽しい。

となりにいた社員達は口をぽかんとあけていた。

翌日には大使館を呼んで、、、、、と発展していった。
1週間後には会場が決まり、、、、

徹夜続きのスタッフがいい顔になってきた。
あと2日、、カウントダウンだ。

明日のリハーサルが始まる頃は、僕はもう必要ない。

経営の先を見て、大阪へトンボ帰りをする。

あさって、土曜日、
少し兄貴分の障がい者雇用の行事と
産まれるはずのGPOCのビジネスコンファレンス。

どちらも、かわいいかわいい自分の子のようだ。

修正するところは、まだまだあるが、まずは一歩一歩。
しびれる。


GPOC開催。(大手町サンケイホール)
●ゲスト講師: 
〔世界銀行元副総裁 福井博夫氏〕〔株式会社タニタ 代表取締役会長 谷田大輔氏〕
〔さわかみ投信株式会社 代表取締役 澤上篤人氏〕
●後援大使館:モーリタニア、チェコ、スリランカ、オーストリア、ルーマニア
ウクライナ、ドミニカ、スロバキア、イラン、ネパール、モロッコ他

テーマはビジネスを創造するということ。

徹夜で準備する連中。
朝7時30分に集合して、打ち合わせをする連中。

わさわさとベンチャーらしく、幕を開けようとした。
ここまで、来たら、あとは事故なく、終わることを
望むのみだ。

最後のナレーションのリハーサルが終えた。

前日、夕方から、急遽大阪を往復した。
大雨で、新幹線が遅れ、予定もどんどん、繰り込んでいった。

東京に帰ってきたのは、夜中の12時をまわった。

僕を待っていてくれた、上場企業の社長も、
わざわざ、丸の内のそばのホテルに滞在していただいたが、
僕の体を気遣ってくれて、ちょっと長い電話で用件を済ませてくださった。

日本の経済を動かしている人達に立て続けに会う。

今日は、GPOCだ。順調に滑り出した後、障害者雇用のイベント(秋葉原UDX)
へ移動を開始した。。。

GPOCが流れだした頃、
秋葉原に向かった。

障がい者雇用のセミナーだ。
主役は 現 株式会社D&I 杉本社長と小林取締役

雨の中、駅から、伴走するスタッフ。
一人ひとりに声をかけていく。

60名の障がい者に対して5社の上場企業、
一人でも多くの人が、生きがいを見つけ、
夢中になって生きてほしい。

大きな仕事で、小さな仕事でもいい。
そうなってほしい。

最初の挨拶に気合が入った。
僕の挨拶は、心の底、そのままだ。
だから、何も用意しないし、何も飾らない。

又涙が流れた。。。

明るい笑顔で、口にペンをくわえて、
僕にしゃべりかけてきた彼がいた。

その笑顔が、僕の心を打った。

どうも。阪神フアンだということを言いたかったらしい。
彼は今岡が好きで、、僕は金本が好きだといった。

握手をして、がんばってといった。
万遍の笑顔に、心が震えた。

障がいがあろうが、なかろうが、、

☆☆☆

世界銀行元副総裁 福井氏
株式会社 タニタ 谷田氏

写真をとる前まで、さわかみ投信の澤上社長もいた。

この3人の前で、話をじかにできるのも、
震える。

たいしたことのない自分だが、
やってきたことや、やろうとしていることには間違いはない。

普通に話して、心で笑えた。

そして終盤へ。。。

GPOCが最後の挨拶にさしかかった。

主役の土屋さん。
それを支えた、全ての人達に感謝。

今後お礼をしっかりして、、、
僕の頭は、もう次へ飛んだ。

地球規模、経済の源、内容を濃く、知識だけでなく
実をとって、来た人の集い。

そんな世界のつわものが集まれることを夢みて。。

ちょっと、めずらしくおとなしくはじまった、打ち上げ。
酔ったころには、やっぱ、裸の男しかいなかった。

2件目の1杯目のテキーラで、深い眠りに落ちた。

いい酒だ。

全ての人に感謝

~now 's opinion~
男には男の生き方がある。子どもじゃないだから、やったことは、貫き通す。やるだけ、
発信するだけでは、男でない。どんな形であとうろ、一生その道を歩いていく。

ビジネスを創造するということ。
ダイバシティー社会を創造する。

この2つは、自分達のライフワークであり、やりとおしていく、道である。

もっともっと。




飽くなき向上心 〜フラッシュバック 2008,8,26, 一’s BARより〜

昔、子どもの頃、親友との約束を
破ったことがあった。

小学校4年の頃だ。スポーツも勉強もでき、
結構私がもてていた時だ。

大阪で創業し、世界で超有名な電気会社のお孫
さんだ。

普段仲のいい親友なのだが、ちょっとしたことで、
学校始まって依頼なくらいの大げんかの殴り合いになった。

パンチの痛さ、歯が折れ、腹が痛み、血が出て、
息ができないことをはじめて覚えた。

約束を破る痛みをはじめて感じた。

社長になったいけいけの20代の頃。
いくつか入っていた経営者会の先輩社長。

普段から議論をかわしたいい仲だった。

お互いのちょっとした誤解が大きな誤解に発展した。

こちらはラグビー部と相手は柔道部。小さなスナックがひっくりかえる、大事になった。
誤解の痛みをまたまた味わった。

大阪の下町では、上下関係は、町の中でも浸透している。

不合理なことをする若造は、チンピラだろうが、なんであろうが、
年寄りの話はきちっと聞く。そして反省し成長していく。

こわい親父は警察よりも本当にこわいことを知っている。

まして人の上に立つという人は約束事の大切さは、
体で覚えてきたはずだ。

社長であろうと、やんちゃな兄ちゃんであろうと、
守るべきことを守る。

人として、生きることを忘れれば、
痛いことを知っているはずだ。

人を先導し、社会づくりをし、国をつくり、
地球の未来をつくる人、

忘れてはならないはずだ。

世の中上辺だけ、希薄になっていく、人間関係に嘆くだけでなく、
自分から、殴りにいくことにした。

殴る痛み、殴られる痛み、日本のリーダーしっかりしてくれ。 

富士山 〜フラッシュバック 2008,8,25, 一’s BARより〜

大阪、東京間を陸、空から何度も富士山を見ていた。

関西人にとって、もしくは関東以外の人にとって、やはり
富士山は憧れの山だ。

身が引き締まる思いと、何度も勇気付けられる山でもあった。

一度は登るべきと考えたところ、きっかけがきた。
土曜日、日曜日を使ってだ。

普通でいくのはいやだ。
会社の連中と、更に障がいをもっている人達と、
いきたかった。

今回の登頂をきっかけに、障がいをもっている人達と
一緒に世界の山に登ってみようと思う。その予行練習だ。

全盲の千絵ちゃんと一緒にだ。
彼女まわりに、やんちゃな男と(若干1名女子)が、喜んでサポートをしてくれた。

嵐だ。
東海道線も止まるほどの嵐だ。

低気圧が近づき、台風並の嵐だ。
夜中の登山。
岩場。

雨がふると、全盲の人は耳が聞こえなくなる。
本人も大変だが、こっちも、大変だ。
みんなが、大声で、サポートをする。

きつい岩場は抱えて上げる。
千恵ちゃんも申し訳なく思い、這って登る。

何度も何度も休憩をいれながら、朝4時に8合目まで
たどりついた。

冷たい、雨、風の中、食べた、肉うどんはとてもうまかった。
ここから、まだ2時間あがっておりるより、
安全に、下山することを選択した。

本人の体力もさることながら、まだまだ、嵐が強くなる
ことを予感したからだ。

だれも、けがさせるわけにはいかない。
障がいがあるから、山に登れない。
障がいがあるから、けがをした。
障がいがあるから、遭難した。

最初から最後までだが、どんなことがあっても
そんなことは言わせないし、命をかけても、下山
させる。

チームのメンバーも同じ思いだったに違いない。

大嵐、土石流、

最初の富士登山。
試練としては、充分だ。

来年から、僕のライフワーク。
いけるはずがない人と一緒にまた、行くことにした。

~Now’s Opinion~
今年は予定にいれておこうと思っている。
富士山からの朝日、仲間と一緒に見てみたい。









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